「これからの人生でしたいことある?」
と、数人の友人に尋ねてみた。
すると、ほとんどが
「なにかしたい、何か」と答えた。
何かしたい。
でも、なにがしたいのかと思いを馳せる時間すらなく、
何かしたくても、きっとできない、
だからもう、「したいこと」を探すのを止めようとしている。
そんな人が多いのかも知れない・・と思った。
紛れもなく、私もその一人だった。
じっとして、ただ時が過ぎるのを待って、
なにも感じないふりをしている方が、無難だからと。
そう思い込んだ方が「自分の中の何か」と
戦わなくていいからかもしれない。
でも、私の中の「なにかしたい」は
「なにがしたい?」という自身への問いかけに変わり、
その答えを見つけつつある。
「なにかしたい」という欲求は、
自分自身の秘めた可能性から発せられているのかも。
そして、不可能と思っていることが、
誰かとの「対話」で可能になると感じ始めている。
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